アンナプルナサーキット一周

ネパールはポカラをスタート、アンナプルナサーキットをMTBで右回り

プロローグ

旅に出るきっかけ

1994年6月のある日、私はシステム開発会社で汎用機のプログラムを作る仕事をしていたが、それが性に合わないとわかってきたころだったように思うが、会社の机の向こうに真っ青な空が見えた瞬間、あの空の向こうへ走っていきたい衝動に駆られ、その晩辞表を書いた。

すぐに会社を辞め、その足で八王子に住む大学時代の友人Mを訪ねた。

「どこか、自転車で海外に走りに行きたいんだけど、良いとこないかな?」

友人はしばらく考えて、口を開いた。

「ヒマラヤ山脈に、アンナプルナっていう8,000m級の山があるんだけど…。その山々を囲むように、周回ルートが伸びている。そこならマウンテンバイクで行けるかもしれない。一周するのに歩いて2・3週間かかるらしいけどね。欧米のトレッカーが、結構トレッキングに行くみたいだよ。」

「自転車でも行けるかな?」

「行けそうだけど、やってみないとわからないな…」

「ちょっと調べてみるよ。」

友人と週末ごとに山岳サイクリングへ

その友人は、大学のサイクリングクラブの同僚で、高校時代は山岳部に属したこともあって、山の楽しさや厳しさはよく知っていた。そんな彼だが、大学に入ってからはサイクリングにどっぷりハマっていた。

大学を卒業して就職してからも、週末になると、私と彼は一緒に奥多摩や丹沢・奥秩父、そして日本アルプスの山々の頂上まで自転車を担ぎ上げ、ダウンヒルを楽しんでいた。Mはお気に入りのパスハンターで、私は乗り慣れたランドナーだ。

その頃は、週末に山に出かけないと、生きている心地がしなかった。プログラミングに興味があってシステム開発会社に入ったものの、思っていたほど面白くなかったからだと思う。

当時はインターネットが始まったばかりで、アンナプルナ・サーキットに関する情報は、まだほとんど見つからなかった。海外の旅の情報を得るには、図書館に行って旅行関係の本を読み漁るか、「地球の歩き方」や ”Lonely Planet” を参考にすることが多かった。あとは、実際に行った人に尋ねるのが一番だが、なかなかそういう人に出会うチャンスはなかった。

ひとしきり調べたあとで、また八王子の友人宅を訪ねた。

まずは富士山からのダウンヒル

「かなり標高が高くて、最高所で5,416mもあるみたい。高山病とか大丈夫かな? 今まで、2,000m級の山しか登ったことがないんだけど…」

「高山病は、なるかどうかは人によって違うし、体調にもよるのでなんとも言えないな。高い山に登る時は、高度循環という訓練をすることが多いんだけど、ヒマラヤに登る前に一丁富士山でも登ってみるか? そうすれば、高度に強いか弱いかわかるし。」

富士山頂上からのダウンヒル「自転車で乗れるとこあるの?」

「富士山は、登山道とは別に登山小屋など物資を運ぶブルドーザー道というのがあって、そこを自転車で下ることはできるよ。」

「それなら、今度8月に入ったら行ってみよう!」

はるか遠くの、まだ見ぬヒマラヤに思いを馳せながら地図帳を眺めていると、ヒマラヤ山脈の北側に ”チベット” と書かれている部分があった。

当時は ”ダライ・ラマ” が、中国の弾圧から逃れ、ネパールに亡命した時だったが、それについては特に興味があるわけではなかった。しかし、今ほど情報がその変に転がっているわけではなく、自転車で自由に走れるかどうかもはっきりしたことはわからない。中国は当時から、自由に走れる国ではないことはわかっていたが、チベットの詳しい情報は入ってこなかった。

旅の始まり

中国向けの飛行機のチケットの販売に力を入れている横浜の旅行代理店に、大学のクラブの後輩を通じて尋ねてみてもらったら、なんとチベット行きの片道チケットが手配できるという。

それに、その後輩Oも、大学最後の夏休みにチベットを走ってみたいと言い出した。

  • 8月3日 富士登山&ダウンヒル
  • 8月中旬 チベット縦断
  • 9月 アンナプルナ・サーキット

予定が決まったのは、6月ももう残りの日が少なくなってきた頃だ。

※2013年に富士山が世界遺産に登録されたこともあり、現在富士山の登山ルートに自転車を持ち込むことは、非常に難しいと思われます。

旅の記録

MTBでヒマラヤダウンヒル 1994.10

13日目 マナン(3,351m)→ピサン(3,185m)→チャメ(2,713m)
1994年10月15日 晴れ 最大標高差640m/6時間 乗車率85%

早朝、眠い目をこすりながらホテルのベランダに出ると、目前にまっ白な氷河に覆われたガンガプルナ(7,454m)…

トレッキングルート

CYCLE FIELD 紙への掲載について

*こちらのコンテンツは、”CYCLE FIELD(サイクル・フィールド)”誌 1995年12月号と1996年1月号に連載された記事「世界の屋根を自転車で…」のノーカット版です。

CYCLE FIELD誌は確か1996年に残念ながら廃刊となりましたが、当時の大前編集長(現在オオマエジムショ経営)によって、掲載内容は随分変わりましたが、2014年より復活を遂げています。

また、当時の様子が描かれているブログを見つけました。どちらも、自転車をこよなく愛する方々のページです。

ブログ