1.天空の国チベット
1994年8月19日 ラサ滞在(3658m) 晴れ/ホテル泊
誰でも一度は耳にしたことがあるだろう、天空に浮かぶ国「チベット」。行ってみたいと思っている人は少なくないに違いない。富士山より高いところに、どこまでも限りなく広がる荒野と、とうとうと流れるヤルツァンボ河は、見るものに悠久の時を感じさせてやまない。
そんなチベット第一の町「拉薩(ラサ)」に到着したのは3日前のことだ。到着したときから、ラサの空気はカラカラと音を立てている。
ふと気付くと、ボヤッとしている自分がいる。昨日あたりから、どうにもしがたい吐き気が絶え間なくつづき、頭が石になったように重い。これが高山病というものだろうか…
空港からラサの市街までは100km近く離れていて、バスに数時間揺られなければならなかった。バスの埃っぽい窓を透して見えるのは、見渡す限りの荒野と、それほど高くない山々だ。とはいっても、山の頂は皆富士山よりはるかに高い、そしてその山を見上げている自分も、富士山とほぼ同じくらい高いところをバスで走っているのだ。何とも不思議な気分である。
丁度一ヶ月前のことだ。僕は、前の晩遅くまでかかって書いた辞表を部長に手渡すと丁寧に挨拶をし、晴れ晴れとした気持ちで、後ろ手にドアを閉めていた。通い慣れた階段を下り、いつもの通り守衛のおじさんに会釈しビルの外に出た。空は青く澄みわたり、午後の日差しがちょっと眩しかったのを覚えている。
それからというもの、僕は資金稼ぎのために夜勤の仕事をしながら、パスポート・ビザ・飛行機のチケットなどの手続きに追われ、その合間を縫ってチベットの研究とそこを走るための自転車や装備の準備に奔走する忙しい日々を送ることになった。
日本を発つ直前まで、チベットを本当に自転車で走れるのかどうかについて、決め手となる情報は入ってこなかった。チベットツアーを組んでいるその筋では有名な旅行会社数社に、パックツアーではなく、ラサまでの飛行機のチケットだけが欲しいと相談してみたが、現在チベットの個人旅行は難しいので用意できないと言う返事が返ってきた。
チベットは秘境だと呼ばれて久しいが、未だにそうなのだろうか…。しかし、チベットツアーなど組んでいないある旅行会社に知り合いを通じて問い合わせてみたところ、特に問題なくラサまでのチケットが手にはいるという。一体どういうことであろうか。
何はともあれ、チケットが手には入ればこっちのものだ。自転車で走れるかどうかは行ってみれば分かることなのだ。
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