10.ランクルとタイマン

1994年9月2日 ラツェ(3920m)→ジアツオ峠手前(4520m) 晴れ/テント泊
1994年9月3日 ジアツオ峠手前(4520m)→ジアツオ峠(5220m)→ルル(4305m) 曇り後雨/テント泊

ランクルとタイマン

 チベットを、チャーターしたランクルで横断し、カトマンズに向かうバック・パッカーは意外と多い。
 ラサで知り合い友達になった日本人カップルも、イスラエル人カップル2組と共に、ランクル一台をチャーターしてのカトマンズ行きだ。

 ランクルとは、TOYOTAのランドクルーザーのことだ。チベットの大都市以外では、このランクルか中国製と思われるトラックしか見かけない、と言っても過言ではない。それくらい道が荒れているし、一般人が車を所有する事は希だ。車はもっぱら物資の運搬や人の移動に利用されている。

 そんなチベットで、彼方まで延々とのびる洗濯板状のダートをものともせず、ランクルは突っ走っていく。そんなランクルにしてみれば、我々サイクリストやチベタンの歩行者など“動く邪魔な障害物”ぐらいの認識しかないようだ。

 彼らは、砂埃をもうもうと上げながら、遙か彼方から突っ走ってくる。こちらを確認してもスピードを緩める気配はない。どんどんと2者の間隔が縮まっていくが、彼らは一向に意に介さない様子。あまりにもひどいとき、僕は自転車に乗ったまま道のど真ん中をずっと走り続ける。彼らが僕らの存在を認め、少しでもブレーキを踏んで、減速するまでそのまま走る。
 ランクルが通り過ぎると、辺りはしばらく視界が聞かず、立ち止まるか勘に頼って走るしかない。時々タイヤにはねられた小石も飛んでくる。当たらないのが不思議なくらいだ。

 彼らは、村が近づいて来ようと、その道で子供たちが遊んでいようと、同じ調子で突っ込んでいく。チベットの自動車文化的なものは、全くの未成熟であるとはいえ、大金を払ってそのドライバーを雇っているのは、殆どが欧米の自動車先進国の人間なのだ…。

 

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