5.標高5,300mのスゲ峠越え

1994年8月24日 スゲ峠手前(4785m)→スゲ峠(5300m)→ダグシュカ手前(4075m) 晴れ後吹雪/テント泊

標高5,300mのスゲ峠越え

 出発してからもう既に3時間を経過した。高度は5,000mを越えた辺りだ。相棒の奥田は見るからに苦しそうで、上半身が前のめりになり、険しい顔つきで自転車をゆっくりと押している。

 彼は、日本を発つ3日前に、大学のクラブ・ランで北海道一周を終えてきた、という強者だ。その奥田がこんなに苦しんでいるのは初めてみる。やはり、疲れが溜まっているのだろうか。
 自分はといえば、いつもは「ピーヒャラ、ピーヒャラ…」などと口ずさみながら峠を登っているが、今はそんな余裕など全くなくなっている。左右の足を振り下ろす度に一・二、一・二、拍子を取ってこぎ続けるので精一杯だ。リズムが崩れると、すぐに呼吸が乱れ、それが足に伝わる。
途中何度も、水で乾いたのどを癒やし、チョコレートやビスケットでエネルギー補給する。
もうこの辺りになると、降りて押そうと頑張って漕ごうと、さほど差はなくなってきたようだ。それでも、意地を張って漕ぎ続ける。今の目標は最後まで登り切ること、ただそれだけだ。疲労感なんてどこかに置き忘れてきたようだ。

 さらに1時間半ほどそれを続けると、ようやく峠に到着。

ラッキーなことにトラックが…

 峠に一番乗りし浮かれていたのは束の間、峠の向こう側は真っ黒な雨雲が空を埋め尽くし、暗黒の世界の様相を呈している。振り返ると彼方まで広がる透き通るような青空を、灰色の雲が浸食し始めている。気温は見る見る下がり、ハンドルに巻き付けた腕時計のセンサーでは0度だ。

 相棒の奥田がやっと到着し、これからどうしようか話し合っている矢先、1台のトラックが数本下のつづら折れの道に見え隠れした。一日に1台通るか通らないかのトラックが、今ここに向かっているのだ。ラッキーだ。

 僕は、道の真ん中に立ちはだかり、大きく手を振ってトラックを止めた。手短に料金交渉をすますと、荷台に自転車を固定し、乗り込んだ。
 荷台は荷物と先客で一杯になり、トラックはグゥオングゥオンうなりながら走り出した。荷台に幌はなく、降り出した雪が容赦なく顔や手を襲う。先客のほとんどは、上着を着込んだり毛布にくるまったりして寒さをしのいでいる。

温かいもてなし

 3時間もガンガンと激しくトラックに揺られただろうか。高度も4千mほどに落ちてきた。吹雪もいつしか横殴りの雨に変わり、冷たい雨もいつの間にか小雨になっていた。
と、程なく一軒の民家の前にトラックが止り、皆トラックの荷台から降り散っていった。僕らもここで降ろされるかと思ったが、民家の部屋の中に招かれた。おなかが空いているかと聞くので、空いているという返事をすると、じゃあこっちに来いと案内されたのだ。

 言われるままに椅子に座り、暖かいストーブで暖をとらせてもらっていると、暖かいバター茶と共にツァンパが振る舞われた。
 ツァンパは、チンコー麦(ハダカムギ)を煎って粉に挽き、バター茶でこねて食べるチベットの主食だ。味は、日本の麦こがしやはったい粉と呼ばれるものに似ている。子供の頃よく砂糖を混ぜておやつに食べた記憶があるが、砂糖を入れないとこんなにもうまくないものだったとは…。
 しかし食べ慣れれば、きっと米のようにおいしく感じるのだろうと思いながら、茶碗一杯を平らげた。

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