7.日本人サイクリストとの再会

1994年8月26日 ヤムドローリング(3775m)→シガツェ(3765m) 晴れ/ホテル泊
1994年8月27日 シガツェ滞在(3765m) 晴れ/ホテル泊
1994年8月28日 シガツェ滞在(3765m) 晴れ/ホテル泊

日本人サイクリストとの再会

 シガツェは、ラサに次ぐチベット第二の町で、西のはずれの山麓には「タルシンポ寺」が山を背にしてたたずんでいる。シガツェは15世紀以来、このタルシンポ寺の門前町として栄えてきたようだ。
タルシンポ寺の道を挟んだ向かいには、「フルーツホテル」という招待所があり、僕らはそこに宿をとった。

 あくる日、近くの食堂でワンタンを腹一杯食べて宿に戻ると、一人の日本人がロビーに来ていた。ラサのヤクホテルで出会った、畑中君だ。
 彼は、僕らと違う南側のルートから、シガツェに到着したらしい。途中の5千m前後の峠は、やはり彼にとっても辛かったようで、何度かヒッチハイクをせざるを得なかったようだ。
 彼のすごいところは、海外旅行は初めてだし、自転車でのツーリング経験もゼロなのに、いきなりラサで中国製マウンテンバイクを買って、チベットツーリングを初めてしまうところだ。中国製マウンテンバイクは形こそマウンテンバイクのようだが、ハブの玉押しはざらざらで、走っているとベアリングが削れて無くなるし、シートピンは柔らかいアルミ製で、すぐにネジ山がつぶれるし、車重は重いし、キャリアは華奢でグラグラしているというとんでもない自転車なのだ。

 なにはともあれ、シガツェまで無事走ってこれたということで、夕食はお互いの無事をたたえ合い、中華料理に舌堤を打った。

万国共通の中華料理

 中華料理ほど、世界各国で食べられている料理は外にないだろう。そのためかチベットでも、西欧諸国の人々がカレーやチベット料理で満足できなくても、中華料理だと割とうまそうに食べているのよく見かける。

 第2次世界大戦後、新生中華人民共和国がチベットを自国の領土の一部だと宣言してから、チベットは中国だといわれる。そう宣言される以前も、隣国同士であったことには変わりはない。従って、当然チベットにも漢族が移住し中華料理の店を開いている。

 日頃缶詰や、ラーメン・チョコレート・ビスケット等で食いつないでいる僕らサイクリストにとっても、中華料理が食べられる町に到着することは、今回の旅の大きな楽しみの一つだ。
 チンジャオロースーに始まって、マーボドーフ、肉野菜炒め、トマトオムレツ、卵スープ等数え上げるとキリがない。メニューはもちろん4文字熟語のような中国の漢字で書かれている。漢字から想像して注文するが、一体どんな料理が出てくるのか分からないで待っているのもまた楽しいものだ。
 3人で行けば、料理3品とスープの大きいのを注文しライスをおおかわりすれば、もういいと言うくらい腹一杯になる。

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