4.朝の儀式
1994年8月23日 ヤンバージン(4275m)→スゲ峠手前(4785m) 晴れ/テント泊
朝の儀式
チベットも一歩メイン・ルートから外れると、ミネラル・ウォーターなんて気のきいたものは、なかなか見あたらない。そんなことも予想して今回の旅では浄水器を持参している。
浄水器と言っても家庭の蛇口についているようなものではなく、空き缶一本分ほどの小型で軽量なものだ。スイス軍公式採用の浄水器の廉価版だが、上位のものと比べても浄化性能にそれ程差はないらしい。
今朝もその浄水器で水を造る。
水源は直径5mほどの池で、小川から白濁した水がスルスルとそそぎ込んでいる。白濁の原因は石灰か何かだろうが、セラミック・フィルターの目がつまって、数百ccも水を浄化するとポンプが動かなくなってくる。その度にフィルターを水で洗ったり、表面を薄く削ったりして、目詰まりの原因を取りのぞかねばならない。
そんなことを何度も繰り返していると、腕の筋肉はパンパンではち切れそうになり、呼吸も激しくなってくる。酸素は下界の半分も無いから、限界がくるのも驚くほど早い。
結局、日本から持参した1.5Lのペット・ボトル一本の水を造るのに45分もかかってしまった。
高所の呼吸
チベットの4千メートルという高度は、僕らの体に否応なく難題を突きつける。
吐き気や、頭痛は無くなったものの、4,800mともなると、テントの設営作業だけで、立ちくらみがして、なかなかはかどらない。きっと脳に送られるべき酸素が不足しているのだ。普段余り運動していない人が、いきなり筋肉トレーニングを始めたりすると起こる、立ちくらみやめまいといったものと同種のものだろう。
また、ペグを打つための、しゃがんだり立ったりするような激しい動きの後は、しばらくじっとしていなければならない。おそらく筋肉に溜まる乳酸を処理する酸素が足りないのだろう。
そういうときはつい、
「乳酸がー…。」
と叫びつつ、じっとしていることもしばしばだ。
富士山登頂の際、頂上付近では、多くの人が軽いめまいや頭痛を感じ、吐き気を催す。7・8合目で、苦しくて下山せざるを得ない人も少なくない。また、その人のその時の体調によってさえも、症状は変化するのだ。
「この前は頂上まで行けたのに、今回は頭が痛くてしょうがない…。」
と悔しさを隠しきれない人もいる。
さて、明日はいよいよ標高5,300mのスゲ峠越えだ。明日に備えて、今日は早めにゆっくりと体を休めることにした。
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